1970年代雑誌「面白半分」より
2017年7月12日(水)~7月25日(火)
Kimiko Ishiyama statement
1968年春、 横浜・日吉にある東京綜合写真専門学校を卒業した。 学生運動が激しい時代の波の中、 卒業式はなかったが、 卒業証書だけはもらいに行った。 その卒業証書を、写真の道に進むことを強行に反対した田舎の両親に送った。 学校卒業後、 進路を決めかねていた私を、 出版社を興していた同郷の先輩、佐藤嘉尚さんがひろってくれた。 出版社の名前は株式会社面白半分、著名な作家が半年交代で、 編集長を務めるという今や伝説となった 「面白半分」 編集部だった。 出版界が元気で、一番華やかな時代だった。 素敵な作家が沢山いて、 とても自由に活躍していた。 1984年秋、 日刊ゲンダイ掲載の五木寛之氏のコラム「流されゆく日々」にカットを!との依頼が突然舞い込んだ。 脳裏を不安も少しかすめたが、それ以上にとても嬉しかった 。風に吹かれているような, さわやかな写真を撮ろうと決めた。 写真で自分を表現しよう、写真を生涯の職業にしようと志して、早や五十年になろうとしている。 「面白半分」を辞めて以来、フリーランスとしてどうにかこうにか生きてこれたこと、その幸運に感謝している。 自分のささやかな努力よりも、友人、知人の励ましや後押しが大きかったと。 今、自分の仕事人生を振り返り、未来に伝えるべき写真について考えている。 石山貴美子 2017